義弟
You're my fortune little brother

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あの日、あの時刻にあの酒家へ立ち寄ったのは、運命だったのだろうか。
――――何処かで歯車がすれ違っていたら今、”義弟(おとうと)”と呼べる大切な相手が
傍にいる人生を送っている自分がここに存在することは、永遠に無かったのかも知れない。

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「・・・頼むよ、放してくれよッ!!・・・・必ず誰かに借りてちゃんと払いに来るからさァ!
だから、一旦お屋敷に帰らせてくれったら!!」
「そんな事が出来るわけがないだろう?!上手い事を言って、どうぜそのまま逃げちまうつもりなのは
判明ってるぞ!・・・・ともかく役人に突き出してたっぷり絞って貰うからな、まだ小僧のクセに散々
大酒喰らいやがって」
日が落ちるとまだ底冷えのする春先の夕暮れ。所用で隣村まで出かけた帰りの道すがら、半日掛かりの
道中で冷えた身体を少しでも温めて帰ろうと酒家の扉をくぐった関羽は、店の中で店主に取り押さえられて
いる男の姿を視界に認め、思わずその場に足を止める。

見るからに身体が大きく、非常に強く逞しそうな若者だが、顔立ちはまだ幼い感じがする。
しかも珍しく結髪をせず短い髪に留めているのが、更にその幼さを強調しているような、そんな印象すら
受ける。

身なりと先ほどの発言からして、何処かの豪族か、名家に仕えている身分の者らしい。
恐らく、持ち合わせが足りなかったのか無かったのか、とにかく酒代が払えずに揉め事になってしまって
いるのだろう。
関羽はふと男の顔を見た。――まだ髭すらも生えていない、大人の男というには余りにあどけなさ過ぎる
その彼は、自分の意見が全く取り合われずに困り果てて、挙句に臍を曲げてしまっている様子。
関羽は何故か、胸がドキッとするのを感じた。

そして次の瞬間には、男の頭を小突こうとしていた店主の腕を掴み取り、間に割って入っていた。
「・・・・・店主殿、不足の代金は如何ほどだ?・・・・見たところ彼はまだほんの子供ではないか、
代金はわしが立て替えて払い申す故、もう勘弁してやっては貰えぬか・・・この者には、後できつく
言い聞かせておくのでな」
「・・!?・・・・・・はァ、まあうちとしちゃ代金さえ払って貰えりゃ何も構わねえんで、誰であろうと
払ってくださると仰るんなら、それでええんですがね・・・・・・この小僧、旦那のお知り合いで?」

突然の関羽の申し出に、店主は一瞬面食らったような表情を見せるが、相手が誰であろうと、
「金を払う」と申し出られて拒否しよう筈は無い。
すぐに男の飲み代金を計算して示しながら、不機嫌そうに俯いて床に座り込んでいる男の方を
目で示し、知り合いかと尋ねてくる。

「・・・・まあ、そんな事はどうでもよいであろう?・・・では、これで全額ある筈だ。収めて、改められい。」
関羽は懐から財布の袋を取り出すと店主が示した金額の分だけを支払う。
袋の中にはもう僅かな額しか残っておらず明日からの生活がかなり心もとない状態だったが、
そうしてでも、関羽は何故かこの男を助けてやりたいという気持ちが強かった。

払った金額を店主が改めて確認したのを見計らい、関羽は男の腕をグッと掴んで引っ張り立たせると
そのまま店の外へ連れ出す。

「・・・・お主、幾らなんでも金を持たずに酒を飲むのは、良くないぞ。・・・・見たところ、何処かの家中に
仕えておる者のようだが、名前は?・・・・・わしは関羽と申す。字は雲長。この先の集落の端で、
子供相手に読み書きなどを教えておる」
関羽が男の行動を諭し、自分の名を名乗って話しかけると、まだ憮然とした態度を残しながらも
その言葉にポツリポツリと答える。

「・・俺は・・・・・姓は張、名は飛。字は翼徳だ。・・・去年十五になったから、鴻家に仕官して仕えてる。
・・・・・・ここしばらく、役目を言い遣って隣の県まで出かけてた帰りだった。それで寒くって、どうしても
酒が飲みたくなって・・・路銀が、まだ残ってると思ってたんだ。でも、勘違いしてて、全然足りなかった。
・・いや、足りないっていうより無かったんだ。でもそれに気づいた時にはもう、何杯も飲(や) っちまった
後で・・・・・・・・・・・あの・・・・助けてくれて、有難うな。あんた、良い人だ」
本来、口下手なのだろう。
張飛と名乗った男は自分の素性と無銭飲食騒動の顛末を淡々とした言葉で明かし、その上でとって
付けたように、先ほどの礼を述べる。

今この時点では仕官しているのが真偽かどうかを確かめる術は無いが、鴻家と言えばこの辺りでは
結構有名な、裕福な豪族だ。
この時、関羽は張飛の名乗った字に深く深く驚き戸惑って、心臓はドキドキと速く脈打っていたが、
その理由が明らかになるのはまだ遥か先の事。

「・・・そうか、まあこれに懲りて、今度からはちゃんと、先に金があるかどうかを確かめてからにするのが
賢明だな。・・・・・・それと、酒を飲む事自体は大人の嗜みだから敢えて咎めはせぬが、帰り道とは言え
主の使いの途中で酒家に立ち寄るのは感心出来る事ではないのだから、ほどほどにな」
特に悪気があっての所業ではなかった事にふっと表情を緩め、もう一度諭すように言葉を掛けてから、
関羽はくるりと背を向けて、自宅のある方向への道を歩き始める。

「・・・あ・・ッ・・・・・なあ、・・・・え・・っと、・・雲長殿!・・払ってもらった代金、近いうちに必ず都合付けて
返しに行くから!!・・・・この先の集落の端に住んでおられると言ったな、訪ねて行けばすぐに判明るか?
・・住まいが分からねば返すものも返せないからな、それでは俺は立つ瀬が無いし、あんたも困るのだろう?」

背後から呼び止める張飛の声。足を止め、振り返って軽く笑む。
「ああ。・・・・だが、何時でも良い。無理せずとも、禄を貰えた時にでも改めて返しに来てくれれば、
それで構わぬからな。・・・・わしの住まいは、名を言って集落の者にでも聞いてくれれば、多分すぐに
判明るだろう。・・・こうして知り合うたのも何かの縁、もし我が家へ訪ねて来られた折には、一緒に酒でも
飲もうではないか。・・ではな、鴻家のお屋敷はここからまだ少し遠い。道中、気をつけて帰られるのだぞ、
張飛殿」

本当なら、すぐにでも返して貰いたい状況なのは確かだった。でもまだ若く、それほどの禄も与えられて
いないであろう彼には他人に迷惑を掛けてまで無理に金を都合するような事をして欲しくはなかったし、
金を立て替えたことを嵩に着て、がめつく求めるような態度を見せるのも嫌だった。

明らかに自分より年上の相手から殿づけで呼ばれて恥ずかしいやら戸惑うやらでそこに固まっている張飛を
その場に残し、関羽はさっさと歩き始める。
何となく、ほんわりと温かい気持ちを心の中に抱きつつ。

                                        **********

再会の日はすぐに訪れた。
酒家での一件から数日が過ぎようとしたある日、塾の授業を終えて子供達も皆帰った頃、ひょっこりと
張飛は訪ねてきた。
片手に酒壷と藁紐で繋いだ魚の干物をぶら下げ、ようやく探し当てたという風な表情で門口に立っていた。

「・・・・御免、雲長殿はご在宅か。張飛翼徳でござる。先日は大変世話になり申した。借り受けた金子を
お返しに参った。・・・あと、迷惑を掛けた詫びと訪問の土産に、僅かばかりだが酒とつまみの干物を持ち
寄ったので是非とも、俺と一献願えぬか」
この間とはがらりと変わった武人らしい物腰に少し驚いたが、先日のあの時はきっと酒が入って酔っていた
所為で、素地の部分が出ていたのだろう。

仕官の身分でなければ、まだたった十五、六の若者だ。少年と言っても過言ではない年齢。

「おお、張飛殿。よくぞ参られたな、さあ遠慮は要らぬ、どうぞ中へ入られよ。・・・それにしても随分疲れた
顔ではないか。・・・・・馬も持たずに、まさか歩いて来られたのか鴻家のお屋敷から」
声を聞きつけ急いで応対に出た関羽は思わぬ、でも待ち侘びていた訪問者を家に招き入れ、酒と干物を
受け取りながら来訪を心から喜び、労う。

「・・・・・正確には、この村までは” 走って”来た。・・・だが、それよりもこの集落が中々分からずにあちこち
徘徊っておったので、そのほうがよほど堪えたな。・・・あんたがあの酒家のところで”この先の集落” と
言うたのでてっきり近い物だとばかり思うていたが実際は結構遠いし、家々もまばらに点在していて広いじゃ
ないか?・・・・尋ねようにも田畑ばかりで人影は見えぬし、お陰で散々歩き回ってやっとその下の家で人を
見つけて、ここに辿り着いた次第だ。だから、本当はもっと早く来ようと思っていたのに、気がつくとこんな時間に
なってしまっていた」

本格的な春を前に日を追う毎に日の光は温もりを増し、今日はいつもよりぽかぽかと暖かかったので、
あちこちを散々歩き回ったのであろう張飛の額にはうっすらと汗が滲んでいる。

「ほう。随分健脚なんだな張飛殿は。・・・・ここの集落は、遠かったか。それは済まなかった。確かに、初めて
来る者には少しばかし、分かりにくい場所だったかも知れんな。・・・・わしはもうここに住んで二年余りになるし、
所用以外では他所へ出かけることも殆ど無いゆえ、ついつい自分の尺度で物を言い、お主を招いてしまった
ようだ。それに気がつかなんだのはわしの気配りが足りなかった、済まん」
配慮を欠いたと余りに素直な態度で詫びる言葉に、慌ててその場を取り繕うように張飛が言う。

「い、いやそんな・・・・俺、そんなつもりで言ったのではないぞ、雲長殿。・・・俺はこの通りの図体じゃ、何処へ
行くにも自分の足が一番頼りになるから、そんな事は一向に構わんのだ・・・だから、謝らんでくれ。・・・・寧ろ、
謝らねばならんのは俺のほうじゃ。先日帰りが遅かった事を問われてあの件を主に話したら、早くきちんと返して
よく謝ってくるようにと諭されて借りた分の金子を都合してくださったから、俺はこうして返しに来られたのだからな。
土産も、手ぶらで訪ねては良くないからと、主が持たせてくれたんだ。・・・・・・・・雲長殿、本当に迷惑を掛けた。
あんたに親切を受けて助けてもらった事はこの張飛、生涯決して忘れることはないと誓う」

少しばつの悪そうな表情をして今日の訪問の経緯を話し、懐から金の入った小さな袋を取り出してそれを差し出した
まま、頭を下げて改めての謝罪と感謝の言葉を口にする。

「・・・・もう、そのくらいで良いから頭を上げられい張飛殿。そんなに改まられると返って気が退けるではないか。
・・・・・・さあさあ、では折角酒とつまみもあるのだからあとは一緒に飲んで、男同士ゆるりと楽しむ事にしようぞ。」
張飛の態度を解すように優しく笑んで言葉を返し、それから金を受け取って関羽は張飛が持ってきた酒と杯を卓に
置くと、昼餉に使ってからまだ竈に残っていた火種で軽く干物を炙って来てから、ささやかな酒の席を用意する。

この家に住んでから、こうした親交を持つ相手を得たのはきっとこれが初めてだっただろう。
関羽はいつになく、愉しい気分を感じていた。


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「・・・・雲長殿はどうやら浪々の暮らしと見受けるが、仕官はされぬのか?」
まず最初の一杯を酌み交わし、それを飲み干して酒の肴に干物をつつきつつ、ふと張飛はそんなことを尋ねてくる。
「・・んん?・・・・・・・仕官か。勿論わしとて全くその気が無い訳ではないのだが、今のわしにはなんと言おうか・・
まだ、心から仕えたいと感じる主人が見つからぬのでな。・・お主とはまだ出逢ったばかりだが、これから生涯の
良き友となれそうな気がするからこの際、わしの本心を話そうか。・・・・・今、世の中がどんどん乱れて行きつつあるのは
張飛殿、当然お主も承知の事と思う。・・・・・・わしは予てから、こういう世情だからこそ世の乱れを糾し、国を纏めて
行けるような大志を抱いた立派な器の人物にだけ、仕えたいと願うておるのだ。・・・・ただ残念ながら、未だに
そのような人物はこの国の何処にも噂一つ、出てきてはおらぬようだ。・・・・もしかすると、こんな思いは単なる
わしの夢物語に過ぎぬ事なのかも・・・知れぬがな」

関羽は自分でもそれが、余りに大きく漠然とした目標である事は自覚していた。
その途方も無い夢を初めて他人に語って自嘲するように酒を口に含みながらふっと笑み、そして張飛の顔を見た時、
突然彼の目から涙が零れ落ちたのに気付いて驚き、戸惑う。

だが、その困惑を問うより先に張飛本人が口火を切る。
「・・雲長殿と出逢った事は、よもやただの偶然ではなかったのかも知れん・・これこそ、まさに・・天のお引き合わせじゃ。
・・俺は田舎の肉屋の生まれだが、敢えて家業を継がずにこうして仕官しておるのも、いずれは本当に仕えるべき
主君を探し当てて、共に立ち上がる時の為に武人としての経験を積んでおこうと思ったからだ。・・・・・・・今の主は
とてもお優しく素晴らしい人物でな、俺のその願いを承知の上で家来に迎えてくださり、目を掛けて武人の行儀や
心得を一から躾けてくださった。だから、その時が来るまでは今の主にのみ忠義を尽くし、受けた恩義には十分に
報いるつもりだが・・・・・・・・思わぬ縁で志を同じくする雲長殿に出逢えて、俺は今本当に心の底から嬉しい」

張飛はまだ若い年齢とその豪放磊落な容姿風貌とは裏腹に、内面には純粋で明確な一つの信念を備えて世の為に
立ち上がりたいという思いを滾らせており、そして意外に涙もろい性格でもあるようだ。
心のまま素直な気持ちを隠さず、ただただ男泣きの感涙に咽ぶ張飛の姿に関羽はまだ言葉には言い表せないが、
今までは感じたことのない不思議な感情を覚える。


「・・・・・雲長殿」
それからほんの少し間を置いて、張飛は再び言葉を発する。

「あんたのその夢物語とやらに・・・・・・どうか、この張飛も友として加えてはもらえぬだろうか?・・・・どうも上手くは
言えないんだが、いつか仕えるべき主君を見つけた時俺は、出来ればあんたにも同じ主君の下で共にあって欲しいと
思う。・・・いや、絶対にそうでなければならん気がする。・・・・・・・だから・・・・・・・あんたの夢を俺達二人のものにして、
これから一緒に追わせて欲しいんだ」

黒く澄んだ瞳に浮かぶのは、真剣な眼差し。
その瞳を見ていると、関羽はやっと心の中に芽生えた感情が何だかはっきりと判明った。
――――自分は、この男が愛しいのだ、と。
張飛は確かに身体は大きく、豪族に仕官もして外面的には立派な大人を装ってはいるものの、果たして自覚している
のか無意識なのか、時折見せる無邪気であどけない表情は彼が本当はまだほんの少年である事をしっかりと物語って
いて、そうしているうちにいつの間にか彼の言動に同調を覚え、その結果呆気無く彼のペースに引き込まれてしまうのだ。

「・・・・のう、張飛殿・・・・・・夢を一緒に追うのであれば、ただ友とは言わず・・・いっそ、わしの義弟(おとうと)にならんか。
・・そして、わしらは義兄弟(きょうだい)として生涯仕えるべき主君を必ず探し当てて、共に乱世を戦ってゆこうではないか。
・・・勿論、お主がもし義兄弟の約束をわしと交わすことに進まぬものを感じるのであれば、仕方あるまいがな」

関羽は余りにすんなりと出た自分の発言に自分で驚く反面、もしかすると一人で少々逸ってしまったかも知れないと
後悔も感じてすぐに、自分の言葉を取り繕う。

しかしそれは、関羽の勝手な取り越し苦労に過ぎなかったようだ。
「お、俺をあんたの義弟に・・・?・・・・・・・良い・・・のか、雲長殿・・・?・・・  ・・・・まさか俺に進まぬ気があるなど、
そんな事は滅相も無い!・・・・・・本当を言うとずっと・・・・・俺は兄貴が欲しいと思っていた。それであの日酒家であんたに
助けられて、俺・・・・あんたこそ、俺が捜し求めてた理想の兄貴だと思った。だから本当は、俺から言おうと思ってた・・・・
その・・・・・・・俺の兄貴になってくれ、って事・・・・・・でもあんたに先に言って貰えて、正直ほっとした。俺はまだこの通りの
若輩者だし・・・・あんたにはこの間の失態を見られていたからな・・・だから、もし断られたら辛ェなって・・・・・・・・中々、
言い出せずにいたもんだから、よ・・・・・・・・あんたが俺の兄貴になってくれる・・・・・・・・今までに経験したどんな事よりも
嬉しいよ」

涙もろい豪傑の若者は理想の義兄を得られた喜びにまた咽び泣き、関羽も今新しく義弟が出来た事を心から喜び、
杯に酒を注ぎなおすと自分のを取り、そっと掲げて優しい表情で言葉を発する。

「・・・さあ、では杯を取って・・・、契りを結ぼう。・・・・・・これより我らは義兄弟として互いの足りぬ部分を助け合い、
苦楽を共にして義兄弟の約束を生涯全うする事を天に誓う」
張飛が杯を取り、同じように掲げたのを認めてから関羽は契りの口上を述べ、張飛も後に続いて一通り復唱してから
互いの杯をカチンと重ね合って、二人は晴れて義兄弟となった。

「・・・・・ところで、雲長殿・・・・じゃなかった雲長兄貴よ、あんたのその髭は実に見事だが年は幾つだ?」
さすがに、兄の存在をずっと欲していたという張飛は契りを結んだ途端、すんなりと呼びかけ方を変えてくる。

関羽は生まれて初めて人から「兄貴」と呼ばれて少し照れ臭いような妙な気分だったが、純粋で真っ直ぐな張飛の
澄んだ瞳を見ているとそのうちにも照れ臭さは大いなる喜びに変わっていき、弟が出来たのだという実感がふつふつと
心の奥から湧き出してくる。

「ン?・・・わしは六月に二十一になるが、それがどうかしたか」
突然年齢を聞かれて関羽はありのままに答えるが、それを聞いた張飛は飛び上がらんばかりの驚きを見せる。
「ええぇぇぇえぇ?!!・・・・・・に、二十一・・・?!・・・じゃあ、俺とたった五つほどしか違わんじゃないか、そんなに
若かったのか、兄貴って・・・・・?・・・・・ほ、本当に・・・・?・・・・てっきり俺、もっと・・ずっと上かと、思ってた・・・・・
・・・済まん」

「・・・・・・もっと上とは、一体わしの事を幾つだと思っておったんだ張飛、そなたは」
さすがに、関羽は張飛ほど簡単には切り替えられないので、一先ず「殿」を外して呼ぶことはしたが、まだ何処か
ぎこちない感じ。
「・・でも正直に言うと、兄貴多分怒るぜ」
ばつの悪そうな表情で、杯を口につけながら上目遣いにこちらを見ている。

「ははは、怒らぬから言うてみろ」
「・・・・本当に、怒らねえか・・・?・・・・じゃあ、言うけど・・・・・・・少なくとも俺の倍くらい・・・三十過ぎかな・・って
思ってたんだ、実は。・・・・・・・あんまり立派な髭生やしてるしさ、ものの言い方とかも、鴻家で俺の先輩にいる
人達よりもずっと落ち着いてるから余計にさ・・・・・あ、でも俺と年が近いって事は、その分俺の兄貴でいてくれる
時間は長いって事だろ、だから兄貴が若くて今は良かったって思ってるんだ、だって・・・・・・・もし兄貴が本当に
俺が思ってたくらいの年だったら、それだけ寿命も早く来ちまうよな。折角良い兄貴が出来たのに、早く別れる
なんてヤだからさ、俺」

張飛が自分で勝手に予想していた年齢を聞いた関羽は「実年齢より大分老けて見られた」事にはショックを
感じるが、慌てて取り繕うような言葉を一生懸命付け加えてくる張飛の姿を見ているととても怒る気には
ならなかった。

寧ろ、少しでも長く一緒にいたいと義兄が長生きする事を望み、心から強く慕う気持ちがある事を確認して、
関羽はますます可愛い弟が出来たものだと嬉しさすら感じる。

「・・・・そうか・・・・お主には、わしはそんな年齢に見えたのか・・・・・だが、お主がわしの事をそれほどまでに
慕ってくれるのなら、わしとて悪い気はせん。・・・・でもわしは今度で二十一だぞ、それは曲げようの無い
事実なのだからな、今からはちゃんと覚えておいてくれるな?」
張飛の人柄を見ていると何となく、実年齢を明かした今後もそれはふと忘れられそうに思い、関羽は取り敢えず
念を押しておく。

「あッ、もうッ兄貴は俺を信用しねえのか?・・・俺バカじゃねえんだから、もう忘れやしねえって。雲長兄貴は
俺より五歳年上の二十一だ!ほら、ちゃんと覚えたぞ?・・・へへへ、五歳違いの兄貴かァ・・・・・うん、俺が
思ってたより、そっちのがずっと良いや」
杯の酒を一口含んで、無邪気な笑顔で笑う、十六歳の義弟。

彼と出逢ったのは、やはり運命。
いつか出会う理想の主君の許で義兄弟として仕えるその日の為に、天が遣わせた相手なのかも知れない。

張飛はその日は主の許しを貰っているからと遅くまで酒を飲んでそのまま関羽の家に泊まり、翌朝早く
再び鴻家の屋敷へと帰って行った。

(今度来る時は、ちゃんと自分で買った酒をたくさん持って来るからな、だから楽しみにしてろよ、兄貴)
そんな言葉と、明るく無邪気な笑顔で再会の約束を残して。

それから僅か一年後に鴻家は黄巾賊の手によって滅ぼされ、更にその一年後には張飛の、そして自分の
生活までもを一変させるもう一人の運命の相手に出会う日が訪れるとは、この時はまだ関羽でさえ、まるで
予想もしていなかった。

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2004.09.15 作
2011.05.12 移転UP

+コメント+
・・・・ははは、これまた駄文のキワミ。
これこそマジで勢いだけのシロモノです。もうボロボロ。
本当はもっと長くなる予定だったのですが、敢えて切っちゃいました。
(鴻家が襲われたと聞いて、張飛の無事を確かめに関さん走る!みたいな場面もあったんですが・汗)
↑このネタは、気が向いたらおまけエピソードとしてでも書こうかな・・・・(滝汗
殆ど創作的な内容ですが、キャラとかは横山のつもりです。
(張飛くんが鴻家の家来だったっていうのは横山設定の筈。実家が肉屋っていうのは、アニメ三国志1話のセリフから。
同じ漫画のはずなのに、コミックとアニメで何故設定違うんだ〜)


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