-Brother's Scar Face
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あれはまだ、黄巾賊が各地で非道な悪行を繰り返し、世の中が乱れに乱れていた頃の話。

「雲長先生、さようなら」
「先生、また明日ね」
「ははは、皆気をつけて帰るのだぞ、・・ああ、また明日な」

子供達の無邪気な挨拶に微笑を浮かべた優しい表情で軽く手を上げて言葉を返し、その姿を門前で見送る
一人の男。
大柄な身体に黒っぽい着物を纏い、黒い烏帽子を被り立派な顎髭を蓄えたその顔立ちは精悍。

門には「童学草舎」と看板が掛けられている。

ここは蟠桃河の畔にある村の、主に近くの集落の子供達が学問を習う塾で前述の男はここの主、姓名を
関羽と言った。
だが、親しい人を初め村の者は皆、彼の字で「雲長先生」と呼んで慕っている。

「・・・・さて、じゃあ教場を片付けたら夕飯にするか」
やがて子供達の姿も道の向こうに消えて見えなくなり、もう夕日もその殆どが遠くの山の陰に身を潜めて
しまったのを認めると関羽は独言を呟いて一度だけグッと大きく伸びをし、再び家の中に戻る。


彼は、元々はこの土地の者ではない。
生まれは河東の解県らしいということは判明っているのだが、彼に関してそれ以外の事を知る者は誰も
いなかった。
唯一はっきりと判明っている事と言えば、少なくともこの地に親類などは一切存在せず、また、肉親と
思しき人物が他所から訪ねてくる事も無い、気ままに暮らす独り者だと言う事だけだった。


その夜の事。

いつもと同じ簡単で質素な夕餉を済ませ、蝋燭の明かりに書物を読みながら食後の一杯を楽しんでいた
関羽は突然、入り口の扉に何かがぶつかったような物音を聞いて、すわ黄巾賊の襲来かと身構える。

「・・・誰だ!」
返事は無い。

だが身構えたまま、もう一度問う。
「・・・・誰か、そこにおるのか」

「・・・・・   ・・・・・ ・・・・・・・あ、ァ・・・・・・雲、長俺だよ・・・張、飛・・・だ」
少し間があってゴソゴソと戸板の擦れるような音がした後、ようやく聞こえてきたのは聞き覚えのある声と、
もう長い間知っている名前。
ひょんなきっかけから知り合い、お互いに同じ情熱と理想を持つことから意気投合して義兄弟の盃を交わし
五歳違い故に義弟となった、酒好きで暴れ者だがどこか無邪気で憎めない不思議な魅力のある無双の
豪傑・張飛。
最後に会ったのはもう、ひと月余りも前になるだろうか。


「何だ張飛、お前か。・・・・・どうした、しばらくぶりじゃないか・・・・  さあ中へ・・・    ・・・!!!・・・」
緊張を緩めて戸口に歩み寄り、久方ぶりに来訪した義弟を迎え入れようと戸を開けた途端、右の顔面を
押さえて左の頬からも血を流し、滴り落ちる血で衣服も朱に染めた義弟が、力なく倒れ込んでくる。

「・・・へへ・・・・・ちょっと・・・・・しくじっち、まった・・・・・・・・・・・・・・   ・・・・・・・目が・・・・・、見えねえ」
「張飛・・ッ・・・・?!」
驚いて慌てふためきながら義弟の身体を抱き止め、とにかくまず手当てをしなければと肩を貸し、身体を
支えるようにして何とか隣の寝所まで歩かせて寝台に横たえさせてから、関羽は薬草や包帯にする布を
用意し、井戸で冷たい水を汲んで手早く傷の手当に掛かる。


「・・・   ・・ッ・・、・・・ウッ・・・  ・・・・・ゥアア・・・ッ・・・・」
左頬に十文字、右半面は額から頬まで縦断する大きな刃傷を負っていた張飛は、濡れた手ぬぐいで
血糊を拭き取り、擂った薬草を油で練って作った膏薬を傷に塗っていく度に、薬汁が沁みるのか額に大粒の
脂汗を浮かべて痛みを訴え、暴れる。

「・・頼む、辛いのは理解るが、我慢して大人しくしてくれ張飛・・・・!」
関羽は張飛が暴れるたびにその身体を押さえつけ、治まるまでそうしてやってからまた薬を塗って、という
行動を何度か繰り返し、完全に傷の手当が済む頃にはもう、張飛も疲れ切ってただぐったりしているだけ
だった。
右顔面の傷は全部覆うように包帯をし、出血は派手だったが傷そのものは幾分も浅かった左の頬は薬を
塗った布を貼っただけで済ませて、関羽は湯飲み椀に酒を少し注ぐと張飛の頭をそっと僅かに持ち上げ、
酒を口元に運んでやる。

「張飛・・・・・ほら、酒だぞ少し飲め・・・・・」
大好きな酒の匂いを感じ、張飛は汗を浮かべたまま左目を僅かに開けて力なく笑むと、関羽が少しずつ
口に流し込む都度、コクリコクリと喉を鳴らしてそれを呑み込む。

「・・・・・雲、長・・・・・・   済まねェ・・・・・」
酒を口にして少し気分が落ち着いたのか、椀に注いであった酒を全部飲み干すと張飛は寝台に横たわった
まま、若干焦点は合わないが自由になる左の目だけで道具などの片づけを済ませた関羽のほうを見て、
詫びの言葉を発する。

失血した所為かそれとも負傷したショックによるものか、蝋燭の明かりに照らされた張飛の顔色は妙に蒼い。

「・・全くだ。一体、何があったんだ?・・・・・お前ほどの者が、そんな傷を負うとは」
先ほど書物を読んでいた卓の椅子を持ってきて寝台の傍に座り、腕を組んで説明を求めるが、張飛は
天井に視線を移して少し間を置いた後、僅かに左右に首を振る。
「・・・・はっきりとは・・・判明らねェ・・・・久しぶりに、兄貴に会いたくて・・・・ここへ来る途中・・・・・・不意に、
後ろから襲われたんだ・・・・・・・・・・・・・・振り返った瞬間にはもう・・・・斬りつけられてたから、な・・・・・・・・
でも、多分・・・・・・黄巾じゃねえかと・・・・・・・・・思う・・・・・・俺、恨まれてるからよ、あいつらにはさ・・・・」

張飛の口から黄巾賊という名が出て、関羽にも思い当たる記憶が甦る。

前回彼と最後に会った日、張飛は仲間のふりをして潜り込んでいた黄巾賊の手から、自分がかつて
仕えていた豪族・鴻家の芙蓉姫を一緒に囚われていた劉備という若者共々助け出し、安全な場所に送り
届けて匿って来たのだと話していて、その時に黄巾賊の手勢を大勢殺したと聞いたので、関羽はくれぐれも
気をつけるようにと忠告していた。

「・・・そうか・・・・・・だから、気をつけろと言っただろう?・・・・お前は相手が分かってて戦えば本当に強いが
どうも、かなり注意心には欠けるようだからな。・・・・・しかしまあ、命を取られずに済んだのは幸いだった」
「・・・・・ンン・・・・・・・・どうも、ホント面目ねェ・・・・・・・」
関羽に諌められ、張飛はいつに無くシュンとした表情で素直に謝ってくる。
いつもの彼なら、何か失敗した時自分が悪いのだと頭の中では理解ってはいても大抵、義兄の彼に
諭されると拗ねたり口答えしたり、関羽が自分の事を大事に思ってくれているのを確信している故の反応を
見せる筈だ。
恐らく、彼の生涯ではまだ初めてであろうこんな大怪我をした事で多少、気持ちが弱っているのかも知れない。

「ああ、ちゃんと理解ったのならもう良い。とにかく今はひどい傷を負っているのだから、まずはしっかり
養生しなければな。・・・さあ、もう休め」
きっと、自分が思っている以上に怪我をしたショックは大きいらしいと気付いた関羽はふっと優しい表情に
戻り、親が子にしてやるように張飛の身体に上掛けを掛けてやると、灯を消して隣室へ去る。

真夜中。
張飛は傷の所為で突然急激に高い熱を出し、傷の痛みも時間が経つにつれて更に強くなったようで
高熱に魘され、ズキズキと頭の中まで沁みていくような激しい疼痛にもひどく苦しんで、様子がおかしい
事に気付いた関羽はそれから夜通し、義弟の傍に付きっきりで看病を続けた。

思っていたよりも、張飛の受けた傷は深かったようだ。



「あれ?・・・ねえ、雲長せんせぇ〜?」
「先生ェ、いないのォ?」
そして、いつの間にかうたた寝をしていた関羽はふと、門の外から聞こえる子供達の声に目を覚まし、
窓から差し込む明るい光に既に朝日も高くなっている事を知る。
すぐに寝台に横たわる張飛の様子を確かめるが、浅く速い熱っぽい呼吸を繰り返している彼の体温は
一向に下がっている気配はなく、長時間続いている高熱と相当な痛みによって既に意識も遠のいて
しまっているようで、声を掛け身体を少し揺すってみても、目を覚ます気配は無かった。

(・・・・・この様子では、今しばらくはまだ、傍は離れぬほうが良いようだな・・・)
義弟の容態が余り思わしくない事を知って、関羽は言われようの無い不安を感じる。
何らかの理由で生まれ故郷を捨て、今では訪ねてくる肉親すらもいない関羽にとって、血縁は無くても
義兄弟の契りを交わした張飛は何より大切な唯一の家族だ。

どうか一日も早く、また以前のように元気になって欲しい。
決して、このまま彼を失ってしまうような事にだけはしたくない。

「・・皆、待たせてしまって済まないのだが、今日からしばらく学問塾は休みにしたい」
それから少しして門を開け、外で待っていた子供達に顔を見せた上で関羽は済まなそうに、塾を休む
事を決めて告げていた。

「雲長先生急にどうかしたのですか?ご病気ですか?」
関羽がこの塾を開いて今日まで、用事などの為に前もって休みだと告げた時以外にはただの一度も
授業を休んだ事はなかったのに、それが突然休むと言い出したので、習いに来ている子供達の中で
一番年上にあたる、十二歳の趙玲が心配そうな顔で真っ先に尋ねてくる。
「ああ、いや・・・大丈夫だよ趙玲。わしは何処も悪くは無い。・・・皆も張飛の事は知っておるだろう?
彼が昨夜大怪我をしてここに来て、うちで寝ておるんだ。・・だから、一先ず彼の怪我が良くなって
動けるようになるまでは、世話をしなければならなくてな」

子供達にも理解るような言葉で事情を説明すると、皆もかなり驚いた様子を見せる。

「・・えっ、張飛さんが怪我したの?」
「豪傑、また元気になってぼく達と遊んでくれるようになれる?」
大酒飲みだが本来底抜けに明るく陽気で、十五歳で鴻家に仕えて戦場に出てからは既に数々の
華々しい武勇も持つ張飛はこういう片田舎の子供達にとっては恰好の英雄であり、子供達の相手を
するのも嫌いではなかったので彼は、関羽の家を訪ねてくるといつも、子供達の遊び相手をしてくれて
いた。
だからこの村では子供達の人気者だった。

勿論子供達も皆張飛が大好きな「雲長先生」と義兄弟の間柄だという事も知っていたので、中には
張飛の事を親しみを込めて豪傑、と呼んでいる子も少なくなかった。

「今はまだ、傷が痛んで熱もあるから、決して具合は良いとは言えないが・・・だが張飛はかつて
八百八屍将軍と呼ばれた豪傑だ。怪我などに負けたりはせぬ。大丈夫だ・・・・・・・・・そういう事なので
塾がまた出来るようになるまでは、学問は皆各自で稽古をしていてはくれぬかな」

「・・・はい、分かりました先生。ぼく達、自分で稽古します。・・・・だから、先生は安心して張飛さんの
看病、してあげて下さい」
しっかりした趙玲の言葉。彼はきっと、間違いなく立派な大人になるだろう。
関羽がいつもの優しい表情で安心させるように告げると子供達も彼の言葉には素直に従い、それぞれの
家へ帰って行く。

そんなやり取りを経て子供達の姿を見送ってからまた寝所へ戻ると、張飛はまだ相変わらず熱に魘され、
昏々と眠り続けていた。
昨夜汲んだ水も額に当てた手ぬぐいももうすっかり生温くなってどちらもその用を成さなくなっており、
関羽は温くなった水を捨て、井戸で新しい冷たい水を汲んでくると手ぬぐいを取って浸し、絞ってまず少し
首筋などを拭いてやってから、また額に乗せておく。

張飛は結局三日三晩意識不明のまま高熱と痛みが続き、関羽の家に来てから四日目の朝、ようやく
熱が下がって意識を取り戻した。

「・・・・・   ・・・・・・・・・・・雲、長・・・・・み、ず」
一騎で敵陣に飛び込み、力の果てまで戦い抜いた後のようなぐったりと強い疲労感を感じながら
うっすらと目を開け、半分しかないぼんやりした視界に視線を宛てなく投げかけながら、張飛は囁くような
力ない声で義兄の名を呼ぶ。

もう喉はカラカラで、体中の水分が全部飛んでしまったかのような気分。
視界の欠けている側の顔がジクジクと疼いて痛く、何となく熱っぽい。

水が、欲しい。

「・・・・ン・・・・・・・・   ・・・張飛・・・?      ・・・・・・・張飛・・!・・・・良かった、やっと・・・・・・
目が覚めたのか・・・良かった・・・・・・・・・わしはここにいるぞ、ずっとお前の傍にいた・・・・・・ああ、
喉が渇いておるのだな、さあほら少しずつ、ゆっくり飲め」
この三日間、関羽は自分の生活などそっちのけで張飛に付きっ切りで看病をしていて、椅子に座った
まま、傍の壁に凭れてしばし目を閉じ休んでいたところに張飛の呼ぶ声が聞こえてハッと瞼を上げ、
慌てて寝台の傍に来て義弟が目を覚ました事を確かめると、途端に安堵の表情を浮かべる。

そしてすぐに湯呑み椀に水を少し注ぎ、僅かに頭を起こして水を飲ませてやる。

「・・・・あァ・・・・・水、うめェな・・・・・・・・・・・俺・・・・・・・どう、なった・・・・・・・・・・?・・・・・・なんか・・・
すげェ、身体がだりィ」
「はは・・・・・・それは仕方ないさ・・・・・・・・、お前ここに来てからもう、三日もずっと高い熱を出して
眠ってたんだからな・・・ところで気分はどうだ、傷はまだ痛むか」
水を飲ませてもらって落ち着き、改めて自分の状況を知りたがる張飛の言葉に関羽は簡単に
答えながら、額に手を当てて熱も下がっている事も改めて確認して、少なくとも確実に回復しつつあると
確信できた愛弟の様子にやっと、いつもの優しい笑顔を見せる。

「・・・・そっ・・かァ・・・・・・・・・俺、三日も・・・・・・・・・・・・お前は・・・ずっと、付いてて・・・くれたのか・・・
・・・・ンン・・・傷はまだ・・・・・・痛え、な・・・それに少し、熱い」
ゆっくりと自分の手で右目の上に巻かれた包帯を確かめるように軽く撫で、その下にあるであろう、
自分では見ることの出来ない傷を想像して、目を覚ましてすぐに再び感じ始めている痛みと熱感を
そのまま訴える。

「熱い?・・・そうか、身体の熱は引いたが、傷自体はまだ熱を持っておるのだな・・・まあ、今日で
まだやっと四日目だから今しばらく痛みは治まるまで、辛かろうが我慢するしか仕方あるまい。
・・・・・・・だが、お前よく頑張った、偉かったな張飛・・・・・正直、わしはこの三日間全く生きた心地が
しなかったぞ・・・・・ずっと熱も退かず目も覚まさず、お前はもうあのまま命を落としてしまうのではないかと、
そればかりが頭から離れなかった」
そう、心の中の気持ちを素直に吐き出してフッと笑んだ義兄の瞳は優しい中にも散々辛く苦しんだ
疲れが浮かんでいて、関羽が自分の為にどんなにも心を傷めたのだと理解した張飛の瞳からは自然に、
涙が溢れてくる。

「・・・・・兄貴・・・・・・・・・心配、かけて・・・・済まん・・・・・ずっと傍にいてくれて・・・・・有難う、な・・・
・・・・・・・兄貴がいて、くれて・・・・・本当に、良かった」
関羽はそんな義弟の言葉に無言で頷くとそっと瞳に溢れる涙を拭ってやり、関羽自身も
大切な義弟が命を取り留めた無上の喜びをひしと感じていた。
それから、義弟に何か栄養のあるものを食べさせて少しでも精を付けさせてやりたいと思い、
再び暫しの眠りに就いた張飛には傍に書き置きを残して、河へ魚を捕りに出かける。


「・・・・あっ!雲長先生だ」
「先生ぇ〜どこいくの??」

その道すがら、丘の一軒家である関羽の住まいからは少し離れた本集落の傍に差し掛かると、
道端で遊んでいた教え子の兄弟が関羽の姿を見つけて傍に駆け寄ってくる。
彼らはこの集落の長老家の子で姓は黄と言い、9歳の兄は駒、6歳の弟は強といった。
「おお、黄駒に黄強か。二人とも手習いはちゃんとやっておるか?・・・・・実は張飛の具合がようやく
良くなってきてな、今朝やっと目を覚まして少し元気になって来たので昼餉に魚でも食べさせてやろう
かと、これから河へ捕りに行く所なのだよ」

簡単な言葉で事情を説明すると、幼い兄弟は張飛が回復している事を知って大喜びする。
二人とも、張飛の事を誰よりも慕っていた。

「え、ホント?張飛豪傑、もう具合良くなった?・・・・・じゃあねぇ先生、ホントはぼくと強だけの秘密の
場所なんだけど、いっぱい魚が捕れる所知ってるんだ。雲長先生には教えてあげるよ!・・なっ、
良いよな強?」
「うん、いいよ兄ちゃん、ぼく先生も豪傑も大好きだもん」
「よし、決まり!じゃあちょっと待っててね雲長先生、ぼくじいちゃんに言って籠借りてくるよ」
関羽は黄強を抱き上げてやり、すぐ近くにある家に走って帰る黄駒の後姿を優しい目で見つめる。

黄駒が案内してくれた場所は彼が言った通りの穴場で、関羽も張飛一人に食べさせるだけでは
余る程の数を得、子供たちも自分達と祖父・両親が今日の食事には事足りるだけを手に入れて、
三人で満足して帰路に就いた。

「二人とも今日は本当に有難うな、お陰で助かった・・・これで、張飛に精を付けさせてやれるよ。
お前たちも沢山捕れたみたいで、良かったな」
「・・・・えへへ、雲長先生が喜んでくれたらぼく達も嬉しいよ。・・・・・豪傑に早く元気になってねって
言っといてね、先生」
兄弟の家の前まで送り、抱いていた黄強を下ろして二人の頭を撫で、関羽は礼を言う。
すると丁度、子供たちの声を聞きつけた兄弟の祖父が納屋から出てきて、声を掛けながら
歩み寄ってくる。

その手には、小さな籠が一つ。

「・・・やあやあこれは、雲長先生・・お帰りなせえ。駒に魚捕りに行くと聞いてましたが、
捕れましたかな?・・・・・ああ、どうかこの卵もお持ち下せえな。張飛様の事はこの前孫たちから
聞いてましたが、先生がずっとお宅の門を閉ざしておられたもんで、何もお届けして差し上げられずに
どうしたもんかと皆で相談しておったので・・・・雲長先生には、子供たちだけでなくわしらも何かと
お世話になっておりますから、皆こんな時ばかりは先生のお役に立ちてえのでごぜえます。
・・・・今日は一先ずこれで是非とも張飛様に滋養をつけて差し上げてくだされ。また改めて、
野菜なんかもお届けしようと思うておりますのでな」

差し出された籠の中にはまだ温かい、産みたての立派な鶏卵が四つ、入っている。
「・・・・これは黄長老・・・・・・何とも立派な卵ではござらんか。・・・誠にかたじけない、非常に
ご親切なお心遣い、関雲長心より感謝いたし申す。・・・・・・・・ではこれは遠慮なく、有難く
頂戴するでござる」
関羽は深く感謝の言葉を述べると素直にその好意を受け取り、一礼をして自宅への道へ戻る。

もうそろそろ日は高くなり、昼餉の時間に丁度良い頃合だ。


「・・・・・張飛、目は覚めておるか」
自宅に戻り、魚と卵を炊事場に置いて寝所を覗き声を掛けると、上掛けに包まったままでモゾモゾと
身体を動かすのが見え、そして答える声。
「・・・ン・・・・・・・・兄貴・・・・・・?・・・・・何処、行ってた」
どうやら、張飛は今また多少微睡んでいたようだが、関羽が出かけている間に一度は目を覚まし、
彼が不在なのは知っていたようだ。
だが書き置きには気付かなかったらしく、今までの所在を尋ねてくる。

「ああ、ちょっと河まで・・・・・昼飯の魚捕りにな。三日三晩飲まず食わずだったからお前は相当腹が
減ってるだろうと思ったし、少しでも早く元気になって貰いたいからな」
寝台の傍へ行き、椅子に座って張飛の様子を伺うが依然として傷の痛みが続いている所為で、
お世辞にも胸を張って元気だとは言えない感じ。
顔色もまだ明らかに蒼く、何処となくぼんやり虚ろな感じが余計に具合の悪さを引き立たせている。

「・・・ンン・・・・・確かに腹はもう、ぺこぺこなんだけど・・・・・何だか、ふらふらして起きられねェんだ・・・
起きようとすると、気分が悪ィ」
きっと空腹である事に加え、やはり一番の原因は失血した事なのだろう。
本職の医者のようにあれこれと難しい医学知識は何一つ持ち合わさない関羽にも、今の張飛にとって
何より大切なのはまず安静だということ位は嫌でも理解る。

「それならば、まだ無理はしないほうが良い。・・・怪我の養生は、早く治そうと焦るのが一番良くない
からな。・・・・では、わしは飯の支度をしてくるからお前はもうしばらく、休んでおれ」
「分かった・・・・・・・済まねえ」
張飛の黒髪をそっと撫でながら養生を焦って無理をしないようにと諭し、その言葉にちゃんと頷いたのを
見届けてから、関羽は寝所を後にして炊事場へ戻る。

昼食の献立はいつもの粟粥に、焼き魚。
病人である張飛の粥には黄長老から貰った卵を落として、気分がすぐれないという彼の為に
とっておきの上等な酒も一杯分だけ湯呑み椀に注いで、腹を空かせて待っている張飛の許へ
運ぶ。
「張飛、さあ昼飯が出来たぞ。・・・さすがに、寝たままでは飯も喉を通るまい。だから少しだけ
身体を起こすが、大丈夫か」
食事の盆を寝台の傍の小卓に置き、静かに目を閉じていた張飛に声を掛けると、少し間があって
からその目蓋がゆっくりと開く。
「・・・・ン・・・・ああ・・・  ・・・・少しなら、多分・・平気だと思う・・」
義兄の問いかけに僅かに笑み、深い息を吐きながら答えた張飛の上体にそっと腕を回して少しだけ
身体を起こさせ、背当て用の枕を宛がって食事をさせるのに適当なだけの体制を整えさせてやる。

「・・・・うあ・・・・・・・・今ちょっとだけ、クラッと来た・・・・・・あァ」
顔面に未だ痛みの引かぬ傷を負い、失血した上に三日間ずっと寝たきりだったのだから、
身体の血がすっかり戻るまでは起き上がって眩暈を感じるのは仕方が無い事なのだろう。
張飛は頭を後ろに擡げ、眉間にしわを寄せて眩暈が治まるのを待ってから、三日ぶりに起き上がる
感覚に身体を慣らす。今まで、こんなに長い時間ただ寝台に横たわっていたのは初めてだ。
だから余計に、身体の変調が顕著に現れているのかも知れない。

「・・・・大丈夫か張飛?・・・・さあ、ゆっくりと少しずつ腹に入れていけ。久し振りの飯だからな、
一気に食べるのは返って身体に悪い」 
間を置き、やがて張飛の眩暈が治まったのを確かめてから関羽は温かい粥の椀を取り、僅かずつ
掬って義弟の口元に運んでやる。

張飛は子供みたいに世話をされるのは何となく気恥ずかしかったが、でも何故かとても素直な
気持ちでそれを受け入れられ、されるがまま運ばれた粥を口に含み、合間に酒も飲ませてもらい
ながら時間を掛けて三日分の空腹を満たした。
腹が満たされると、余りに悪そうだった身体の具合も大半は空腹の所為だった事が裏付けられた
ように気分もはっきりし、やっと人心地が付いたような感じで依然として傷は痛むものの、張飛は
ようやくまともに話をしたり、何か物事を考えたりする気力も戻ってきたようだった。

「・・・・なァ、雲長よ」
張飛の食事を済まさせた後で自分の食事にやっと手を付け、半ば小卓に向き合うように座って
黙々と粥をかき込んでいた関羽に、身体を起こしたままで休んでいた張飛はふと言葉を発する。
「・・?・・・・・・何だ、張飛」
最後のひと口を杯の酒と共に飲み下し、食事を終えた関羽は軽く口を拭いながら張飛の方を向き
直って、いつもの優しい表情で応える。
「・・・んん・・・・    ・・いや、何でもねえ。・・・・・・あァ、腹が一杯になったらまた何だか眠くなって
来ちまったな、だから、また少し寝る」
「ふふふ・・・・どうした、変なやつだな?・・・・・ン、そうか。眠いのなら、何も遠慮する事はないから
眠ると良い。十分に身体を休めれば、きっと傷の回復にも大いに助けになるだろうからな・・・・・・
じゃあわしは、隣の部屋で何か書でも読む事にするか」
呼びかけておいて途端に言葉を濁した義弟に関羽は軽く笑って言葉を返し、張飛が目を閉じて
眠りにつくようにしたのを見届けてから食器を井戸で洗って炊事場に片付けて、そのまま隣の書斎で
読書に耽る。


何時間ほど過ぎただろう。
十分に満足するだけの午睡を貪ってふと目覚めた張飛は、もうそろそろ日が傾き、屋内が暗く
なってきているのにまだ明かりの一つも全く灯っている様子が無く、義兄の気配も感じない事に
急に不安を覚える。

(・・・・ン?・・・・・・雲長、何処行ったんだ・・?)
気になって、身体を起こす。貧血の所為でやはり僅かに眩暈はしたが、食事を取ったお陰か
昼間の時ほどひどくはないようだ。
寝台の枕板を支えにしながら立ち上がり、少しおぼつかない感じの足取りで隣の部屋を覗くと
―――――関羽は書物を開いたまま卓に伏し、スースーと静かな寝息を立ててうたた寝をして
いた。

(何だ・・・・・・雲長の奴、こんな所で寝てらァ・・・・・きっと相当疲れてたんだろうな、悪いからこのまま
寝させておいてやるか)
関羽の性格からして、普段なら書を読みながらそのまま居眠りなんて事は決してしない筈なので、
三日三晩自分の看病を付きっ切りでしてくれた義兄が、どんなにか疲れていたのだという事は張飛にも
十分判明ったし、何よりも兄の安心しきった安らかな寝顔を見ていると今起こすのはとても悪いような
気にもなる。

張飛は寝台から二枚重ねになっていた上掛けの一枚を取ってくるとそうっと義兄の背中に掛け、
ついでに炊事場で瓶の水を汲んで喉を潤してから、また寝台へ戻って眠る。

昇った月だけがその様子をぼんやりと照らし、見ていた。

                           ******

何事もなく平和に時を過ごしているときこそ、時間の経つのは早い。
張飛が関羽の家に滞在してからはや、ひと月になろうとしていた。

関羽の塾は張飛が回復してから数日後には再開されており長老を始め、子供を通わせている村人達も
届けてくれた野菜や獣肉などで精を付けて、そのうちに体調はすっかり回復した張飛も子供達と遊んだり、
時には教場の片付けなどを手伝ったりもしながら、のんびりと養生生活を送っていた。

―――――傷はかなり深いものであり、しかも食事をしたり喋ったり、とにかく全く筋肉を動かさない訳には
いかない顔面の事なので身体の他の部位に負ったものより治りは一段と遅く、もはやひと月近く経った今も
張飛は未だ右目に包帯を巻き、左頬にも布を貼ったままの状態だった。

顔の両側に傷を負っている都合、濡らした手拭で拭うだけで直接顔を洗う事も出来ず、剃刀を当てることも
出来ずに毎日伸びっぱなしになっていた顎髭も今ではすっかり生え揃い、髪も少し伸びて、その風貌は
以前とは違う雰囲気に変わりつつあった。

「・・・・張飛、いい加減もう包帯と布は取ってしまった方が良いのではないか。・・・恐らくもう、そろそろ
傷にも皮が張って塞がってきておる頃だろうから、いつまでも覆っておくと返って障るかも知れん」

そして関羽のこの一言で、いよいよ張飛の包帯は外される事になった。

「・・な、なァ兄貴・・・・・・・・大丈夫かな、右の目ちゃんと見えるかな・・・」
傷を負って以来、自分ではどんな傷かすらも判明っていないまま、ずっと包帯で覆われて視界を欠いてきた
張飛は、もしかすると目が見えなくなっているのではないかと不安を隠せない様子。

「・・・それは包帯を取ってみなければわしには何とも答えようがないが・・・・・だが、手当てをした時に見た
限りでは、目の上には傷は負っておらぬようだったぞ。・・・・・・ともかく今から包帯を取るから、後は自分で
確かめるのだな」
関羽も出来ることなら安心させてはやりたかったが、安易に下手な気休めを言って何もなければそれで
良いが、万が一本当に目に障害を来たしていた場合には、張飛の受けるショックが倍加するだけだ。

だから、関羽は瞼の上に傷は無かったという確かな事だけを伝え、後は本人の判断に委ねる言葉だけに
留めて、包帯をそっと解いていく。
傷は、まだ出来立ての薄い皮膚の下に赤黒い色を残したまま、しっかりと張飛の顔に刻まれ、留まっていた。
きっと、この先ももう一生消える事は無い、深く長い傷痕。

関羽自身は手当てをした時既に目にはしていたものの、くっついて塞がれば少しは目立たないものに
なるかもという願いも虚しく、それはあの日に見たままでそこにあった。

「・・・どう、しよ・・・・・目、開けるのが何だか怖えな・・・・・・・・・うう・・・今ちょっとだけ、右目の上とか頬の
辺りが何だかピリピリしてるんだよな・・・  ・・・・んん?何だ、これ・・・・・・傷?」
まだ左頬の布は貼ったまま、右目の瞼も閉じたままで張飛は包帯の解かれた右の顔面をそっと自分の手で
触れてみて、指先が探り当てた傷の感触にふと眉間にしわを寄せる。

だが、いつまでも躊躇っていてもどうにもならないと悟ったのか、やがてゆっくりと瞼を上げ・・・ひと月ぶりに
差し込んだ光に思わず目を瞬かせ、少し慣れてから改めて、まだ多少ぼんやりしてはいるがそこにちゃんと
元通りの視界があることを認めて張飛は安堵する。

「・・・あァ、良かった・・・・・・・今はまだ何だかぼんやりしてるけど、目はちゃんと見えるみてェだ。
・・ほっとしたぜ。・・・・雲長、鏡持ってねえか?俺の顔、一体どうなってるかちゃんと確かめてェ」

先ほど指で触って、疵が残っている事は既に判明っている。顎髭が生えてきている事も知っている。
張飛は自分がどんな顔になったのか凄く知りたくて、関羽に鏡はないかと訊いてくる。

関羽は、一先ず張飛の目が無事であった事には喜びつつも髭が生え、疵顔になった事に張飛がどんな
反応を示すのか少し心配に思いながら仕方なく、いつも髭の手入れや身支度をする時に使っている鏡を
持ってきて義弟に差し出す。
鏡と言っても、周りに装飾細工を施した厚目の銅板を磨き上げて姿が映るようにした程度のものなので、
現代のものよりは遥かに映りは不鮮明な筈だ。

それでも、顔の状態を確かめるには十分だろう。

「・・・・ン!・・・・・・・・・あちゃァ〜、こりゃまた顔の両方共に派手な疵が残ってんなァ・・髭もすっかり
伸びちまって・・・・・・・・これホントに俺の顔かよ?・・・髭はまあ良いとしてもさすがにこの傷じゃ、
折角のいい男が台無しじゃねえか」

だが、鏡に映った自分の顔を目の当たりにした張飛の反応は、関羽が思っていたのより遥かに軽く
明るいものだった。
鏡の中の顔をまじまじと見つめながら、張飛は右を向いたり左を向いたり、挙句には指先で疵をなぞって
みたりして、そこに刻まれた”襲撃の跡”を確かめている。

そんな義弟の様子を見ていると、自分は一体何を心配していたのだろうと関羽は我に返って思わず
苦笑い、そして気心の知れた間柄ゆえの軽口を叩く。

「・・・ははは、まったく呆れた奴だな張飛、お前は・・・・今まで、自分がいい男だと思っておったのか?
・・・少なくとも、わしの方がお前よりはいい男だと思うんだがな」
わざとらしく自慢の髭を撫でつけながら澄ました顔で戯けると、張飛はポカンとした表情で義兄の顔を見、
それから口を尖らせてわざと剥れて見せる。

「あッ!!兄貴はホント、ひっでェんだからな・・・・いいよいいよ、どうせ俺は不細工でお前はいい男だ、
そういうことにしといてやるさ」

「ははは、ほんの冗談だよ張飛、そう剥れるな。・・・・・まあ、目を傷めてなくて良かったではないか。
・・・・・・しかし、そうして髭を蓄えた顔も決して、似合ってない訳ではないようだな。・・・・いっそ、このまま
髭を伸ばしてみてはどうだ」

子供のようにふくれっ面をする義弟に笑みを浮かべて取り繕い、関羽は思ったより似合っている張飛に
髭を伸ばしてみてはと提案してみる。

「う〜ん・・・・・どうしようかなァ・・・・髭ってさ、手入れとかするのって面倒か?面倒だったらまだ短いうちに
さっぱりと剃っちまおうかと思うんだよな・・・・俺、結髪も面倒なんでしてねえくらいだからよ」

張飛はまだ鏡に向かい合ったまま、目だけを動かし上目遣いに義兄を見て、顎鬚を撫でつつ関羽の
言葉に返事を返す。
今まで、張飛が結髪するほどにも髪を伸ばしていない事に何か特別な理由があるのかと思っていたが、
敢えて尋ねたことは無かった。

なので、明らかになった理由が単に面倒なだけだと知って、関羽は苦笑する。

「特に面倒な事はないぞ、ただわしは自分のこの髭には特に気を遣うておるから、町へ出かけた折には
良い梳き櫛や油を買ったりして人より手間は掛けておるが・・・普通に手入れするだけなら、そうだな・・・・
日に一、二度朝夕にでも櫛で梳く程度で良かろう」

関羽は髭の生え始めた年齢が人より若干早く、またたまたま毛が綺麗でも生え具合も良かったので、それ以来
伸ばし始めて今に至っている。
お陰で初めて張飛と出逢った頃は実年齢よりも上に思われてしまっていた事もあったが、今ではもう
自分の顔に髭が無いことなど想像すら出来ない程のものとなっていた。

「あ、そんなくらいの事で良いのか?・・・じゃあ折角だし、このまま伸ばしてみるとしようかな。これだけ
派手な傷も出来ちまったしな、もうどうにでもなりゃあ良い」

そんなことを言ってニイッと笑った義弟が何だか、関羽にはとても愛おしかった。




「・・・・・・それじゃあ兄貴、随分長い事世話になっちまって、悪かったな」
包帯を取って数日後、ついに張飛が関羽の家を後にする日がやってきた。

ここに来た時に来ていたものは血で汚れてしまっていたので関羽が蟠桃河の村で都合してきた新しい
衣服を着て、額には金冠を着けている。

金冠は、蟠桃河村の小物屋で安く売っていた男性用の飾り物だ。
大抵は結髪した男性が頭巾を被る際に、後ろに垂れる部分の留め具を兼ねて使うものなのだが、張飛は本来
結髪が嫌いな上、仮に結おうと思ってもまだそれほどの長さではなかった伸びかけの髪を押さえるつもりで
着けてみたところ案外似合っているようで悪くはなかったので関羽が買ってやり、そのまま着けるようになっていた。

張飛は、互いに抱く一つの夢の為にはいつまでも義兄の家に居候して、ただ油を売っている訳には行かなかった。
かつて仕えていた鴻家が滅び浪士の身となった今こそ、この先の生涯を捧げる主を本気で探すべき時なのだと
そう思って、傷を負うまでにも既にあちこちを放浪していた。


だから、傷も癒えてこれ以上義兄の世話になる必要も無くなった今、再び旅に出ることに決めたのだ。

「今まではこんなに長い間、お前と一緒に過ごしたことはまだなかったから、お前が出て行くとさすがにわしも、
しばらくは寂しくなるな」

ほんの近場に出かけるだけでも一日や二日など当たり前に費やされる時代の事だ。
旅立つ義弟に掛ける関羽の言葉は本心だった。だが、関羽にも張飛の考えている事はちゃんと理解っていた。
だから敢えて引き止めはしないが、内心は寂しいのも事実。

「・・・雲長、よせよ。もう二度と会えねえ訳じゃねえんだ、これからもまたたまには会いに来るし、もし近いうちに
俺達の夢を叶えてくれる相手が見つかったら・・・お前に真っ先に知らせに来るからよ。・・・・・きっと、この国の
何処かにはいるんだよな?俺達の主君になるべき、立派な人物がさ。」

実はこの時、張飛には既に、旅のついでに訪ねようと思っている相手があった。
しかしまだ、敢えて義兄にその相手の名を告げることはしない。
とにかくひとまず自分の目で確かめて、それが本物なら改めて知らせ、もし取るにも足りない相手なら納得
出来る人物が見つかるまで、何処までもずっと旅を続けようと考えていた。

「そうか、・・・・・・・うむ、そうだな。済まんな張飛。少々女々しかったな。では、気をつけて行くのだぞ?・・・・・
・・・頼むから、もう二度とこの前のように大怪我を負ってここに来るような事だけはしないでくれ、それだけ
約束してくれればわしも安心してお前を送り出せる」

関羽はあの日、重傷を負って自分の腕に倒れ込んだ張飛の姿が未だに心に焼き付いて離れずにいたし、既に
訪ねようとする相手があることもまだ知らないので、ついつい心に募るのは心配ばかりになるようだ。

「理解ってるよ兄貴、そんなに心配すんな。・・・・幾ら何でも、俺だって同じ間違いは繰り返しゃしねえよ。・・・
じゃあな」

そんな関羽の言葉にカラカラと笑って言葉を返し、張飛は旅に出る。


やがて、少し離れた楼桑村という土地に劉備玄徳という母孝行で学問も出来る立派な青年がいるという噂が
関羽の住まう地域にも聞こえてきて、それと相前後するように仕えるべき人物が見つかったと大興奮した張飛が
再び彼の許を訪れたのは、それから僅かばかりの時を経た後の事だった。

〜END〜





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2004.09.14 作
2011.05.11 移転UP

+コメント+
や、やっと終わった〜・・・・(汗
もう何か、訳ワカリマセン。相変わらずの激駄文で申し訳ない。
勢いだけで書き始めたのは良かったんですが・・・・・
とにかく初登場時が「髭なし、傷なし、金冠なし」だった張飛くんが二回目にはもう全部揃ってたっていう間の話が書きたかったのです。
最後のほうの、金冠の事は適当な創作です。(コーエー版の関さんとか張飛くんが頭巾の上に金冠、着けてるので・・・・)
関さんが買ってあげたってのは本当はもうちょっと違う描写したかったんですが、もうアタマいっぱいいっぱいで(泣
書きながらコミック読み返してたら、張飛くんって関さんの事、最初頃は「雲長」「兄貴」「お前」って3タイプの呼び方してたのね。


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